【A2】unbirthday  presents

茨への誕生日プレゼントに悩む凪砂と、相談に乗ってあげるジュンと日和の話


 七種茨、身長172センチメートル、体重60キログラム、血液型はA型で、誕生日は11月14日。
 そう、11月14日。
 二週間後である。

「……わりとまだ余裕あると思うんすけど、何をそんなに深刻そうな顔してるんすかね、ナギ先輩は?」
「毒蛇にあげたいプレゼントを思いつきすぎて困ってるんだって。その辺の石でもあげておけばいいのにね。アレなら諸手を挙げてよろこぶはずだよね。『ああっ自分のような下賤な民に閣下手ずから贈り物など! 光栄すぎて目が潰れてしまいそうです……!』とか言って」
「おひいさん茨の物まね上手いっすね」
「え、ほんと? あんな陰険な子に似ちゃうなんて、悪い日和」

 べーっと舌を出した日和の隣でジュンは黙って肩をすくめた。向かいにあるソファでは、二週間後には宇宙の終わりが訪れると言わんばかりの仏頂面で、凪砂がタブレットを睨みつけている。右に左にと指が動くのはプレゼント候補を見比べているからか。

「ちなみに候補ってどんなんがあるんすか?」

 重苦しい空気をなんとかしようと、ジュンはことさら明るく凪砂に声をかけた。ジュンもいいなと思うものがあれば後押しをしてもいいし、逆にそれは嫌がるのでは、というものがあれば候補から外してもいいと思った。なにせ凪砂のことだ、プライベートオフィスとしてマンション一棟、とか突然買い与えて怒られてもおかしくない。妙な世間ズレに頭を悩ませている茨の心労をこれ以上増やさないよう、ジュンは地味に気にかけている。
 凪砂は顔はタブレットに向けたまま、ちらりと目だけを上げて寄越した。三白眼ぎみの彼の上目遣いはかわいいというよりも凶悪である。ジュンは多少怖じ気づきつつ、日和の隣から凪砂の隣に席を移す。

「ポールスミスの腕時計か、」
「おお」

 あかるいネイビーの文字盤が、シックながら遊び心のあるいいデザインだ。茨はビジネスシーンでのコーディネートを「ナメられない程度に若々しく」をモットーにしているらしいと聞いたことがあるから、趣味と外れてもいないだろう。

「ファブリック・トウキョウのオーダーシャツチケットか、」
「へえ」

 既製品ではなくオーダーメイドと来た。確かにシャツはメーカーによって形も千差万別だ。いっそオーダーでという発想は悪くない。チケットなら都合が良いときに利用できるのも茨向きだとジュンは思った。

「インダスタイルトウキョウのウェイクアップウェアか、」
「え、なんすかこれ」
「……すごくいいパジャマ?」
「ああ~」

 一見するとちょっとした襟のあるフリース、という感じだ。商品紹介の「リモートワークやちょっとしたお出かけにも」「飛行機や新幹線の長時間移動にも」のメッセージがなかなか気になる。これはオレも個人的にほしい、と脳内のメモに残しておいた。

「トゥミのIDカードホルダーか、」
「っていうかすんませんナギ先輩、これあとどれぐらい候補あります?」
「20……ぐらい……?」
「よく見つけましたねぇそんな量を!!」

 良い悪いで言ったらとても良い部類のラインナップが20ぐらいとは。ジュンは思わず大声を出した。普段だったら「ジュンくんうるさいね!」とお叱りの声が飛んできそうなところだが、向かいの日和はうんざりした顔でうなずいている。その仕草だけでこのプレゼント選びに日和が巻き込まれていることが察せられて、ジュンはユニットを組んでから今までではじめて日和に同情した。
 凪砂がタブレットを膝に置く。ふう、と首を傾げて溜息をつく姿は疲労困憊といった感じだ。そりゃあこれだけ真剣にプレゼントを選べば疲れもするだろうとジュンはそっとその背を叩く。

「まあ……おひいさんの話をくりかえしちゃいますけど、茨はナギ先輩から何もらってもちゃんとよろこぶと思いますよ。よっぽど邪魔になるもんだったらともかく……」
「……弓弦くんに料理を習ってなにか作ってあげるのはどうかな、って思ったんだけど」
「うわ~それ食わされた茨見てみてぇ~」

 これ以上ない複雑な表情になること請け合いだろう。なんだかんだ人から作ってもらう食事というものに弱いケのある茨であればなおさらで、考えるだけで面白かった。

「あー、そうだ。誕生日以外にプレゼントしちゃダメって決まりがあるわけでもねぇんだし、折を見てあれこれ渡しちゃう~ってのはどうっすか?」
「……誕生日以外?」
「そうそう。直近で言えばクリスマスとか、正月にお年玉って言い張るとか、あとまあ何でもない日おめでとう~とか言って渡しちまえば、茨も断りゃしねぇっしょ」
「それいいかもね。ハンプティダンプティも『お誕生日じゃない日プレゼント』のクラバットを着ているね。凪砂くんは白の王様だね!」
「……鏡の国のアリス、だね」

 ジュンには「おひいさん何いきなり頭沸いたこと言い出したんすか」としか思えない比喩も、凪砂にはきちんと伝わったらしい。見つめ合って笑い合う二人はなにやら英語の詩をうたうように暗唱しだした。ジュンはひとり置いて行かれたが、美貌の青年が二人、いい声でなにか韻を踏んだ発音をしているのはまるでそういうパフォーマンスか何かのようだ。
 どこかキリのいいところまでうたいあげて、すっかり気を取り直した凪砂が笑う。白い頬は朱を刷いたようにほんのりと染まって美しい。いきいきとしているとかわいいタイプの人なんだよなぁ、とジュンは思う。

「……何でもない日も、きっと何か素敵な日、なんだね」
「もちろん! プレゼントなんかもらったら、それ自体が特別なイベントになるものね」
「ま、そうじゃなくても毎日ありがとうございますって言う機会にはなりますよねえ~」

 誕生日じゃない日おめでとう、ってことで。

 と、話をまとめて数ヶ月後、「そうほいほい自分にプレゼントを与えないでいただきたい! いいですか閣下、こういうものは頻度がすくなく希少だからこそ価値が認められるものであります! ハレの日とケの日という考え方はご存じでありましょう、毎日がハレになったらそれはもうケになって、お説教を聞き流しながら通販はおやめください! クレカ止めますよ!?」なんて声がAdamの楽屋から聞こえてきたのを、ジュンと日和はまったく聞こえないふりをした。


ヒント
タイトルや本文作風は普段と近いですか?
→とっても普段どおりの仕上がりです
地の文と会話文どちらに力を入れていますか?
→現実にありそうなラフな会話には定評をいただいております
あなたにとっての凪茨は?
→人外さんと賢い女子高生♂

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