※凪茨利き小説企画となっていますので内容は凪茨ですが、ジュンが当て馬的なキャラとなっていますがご了承ください。
閣下から、アンクレットを貰った。
どうやら足首を華やかに見せるための、装飾品らしい。
冗談で「昔は奴隷とかに使っていたらしいですよ」なんて閣下に言うと、眉を申し訳無さそうに垂らしたのが面白くて、ふふっと乾いた笑みが漏れた。
閣下もアンクレットに関しては、恋人である自分を思って、吟味して選んでくれたのだろう。
自分の言葉を待つかのようにそわそわしているのが面白くて、敢えて少し時間を溜めて、「ありがとうございます」と呟いた。
最近、自分はこんな風に閣下の表情を伺いながら、少し意地悪なことをするのが好きだったりする。
それをジュンに呟くと、ジュンは「人貶しっすよぉ、それ」なんて呆れていたが、閣下の困ったような表情が自分の心をぐちゃぐちゃにする事実は変わらない。
「……茨、そのアンクレット、左の足首に付けてほしいんだ」
だから、そんな風にお願いされたら、自分はそれと真逆のことをしてやるのだ。
閣下が困った姿を見て、自分の心がぐちゃぐちゃになるように、閣下も自分でとてつもなく心がぐちゃぐちゃになって欲しいからだ。
◆
閣下から頂いたアンクレットは、しばらく右足首にひんやりとした感触を残しながら、自分の足首を綺麗に彩っていく。
閣下が何故「左の足首に付けてほしい」なんて言ったのかは、タブレットで調べたら、しっかりと答えが出てきた。
というか、閣下が検索履歴を残していたのだ。
どうやら、左の足首にアンクレットを付けることは「恋人がいる」という証らしい。
逆に右の足首にアンクレットを付けることは、「恋人募集中」の証なんだとか。
つまりアンクレットを自分の左の足首に付けさせることによって、露骨な独占欲を顕にしようとしていることは確かである。
閣下はいつものように澄ました顔でレッスンを重ねているが、自分の右足首にちらちらと視線を運ばせていることはよく分かった。
その視線をぶつけられるたびに、自分は狂ってしまいそうで、もっともっと閣下に意地悪したくなってしまう。
カモには、なってしまうのかもしれない。
閣下に意地悪をする為に、都合のいい存在が生憎近くにいた。
そんなことも露知らず、ジュンはこちらへ足を進めていく。
そして余りにも欲望と合致して、「そのアンクレット、かっこいいっすねぇ」なんて言うのだ。
「最近贈り物で頂いたんです。でも、このデザインならジュンも似合いそうですよね」
「オレ、意外にこういう綺麗めなデザインが好きなんですよね~。オレも似合うか分かんないすけどアンクレット、買ってみましょうかねぇ」
「それなら、一回自分のアンクレットを付けてみますか?試着と同じ要領です」
「いいんすか?ラッキー」
アンクレットをジュンに手渡すと、閣下はピタリと動きを止めていく。
ああ、いい……動揺しているようで何よりだ。
にやっと口角を三日月型に吊り上げながら、自分はジュンに「自分は右足首に付けてますけど、左足首に付けたほうが縁起が良いみたいですよ」なんて、ありもしない言葉を並び立てて耳打ちする。
その言葉をまんまと信じ、ジュンが左の足首にアンクレットを付けた瞬間、閣下の手は自分の腕に伸びていた。
「茨、来て」
「……え」
「…いいから、お願い」
レッスン室の外に連れ出された瞬間、自分は敢えて閣下の目を見なかった。
だってこんなことされたら、誰だって怒るに決まっていると、そう目論んでいたからだ。
閣下が次どんな言葉を自分にぶつけるのかが楽しみすぎて、寧ろぞくぞくするまでいた。
こんな自分の姿……閣下はどう思うのだろうか。
しかし、自分の予想とは裏腹の姿を閣下は見せる。
ボロボロと涙を流して、ぎゅうっと唇を噛み締めているのだ。
閣下がこんなにも人間らしい姿を見せるのは余りにも久しぶりのことで、思わずぎょっとしてしまうのも無理はない。
「……茨は、わざと私が嫌がることをしているの?私のことが嫌い…?」
前者が正解。しかし後者は、寧ろ閣下のことが好きだから嫌がるようなことをしている訳で、半分は不正解である。
ハンカチが手元に無かったから、ジャージの袖で閣下の涙を拭ってやる。
しまった、少し度が過ぎたか──なんて感じたのはその時だった。
最悪なことに罪悪感など感じてはいないが。
「わざとですよ。閣下のことは好きですが、少々意地悪をしたくなりまして」
「そうだったの?それならいいけれど……」
ぽろぽろと涙が閣下の頬を濡らしていき、袖口もぐっしょりとしてきた。
こんな女々しい閣下の姿なんて希少価値で、最低にも自分の心は笑っていた。
その理由はきっと、閣下が自分のことをとても想っているのだということに満足したからだろう。
──しかし、一向に閣下が泣きやまない。
赤子の夜泣きに嘆く母親の気分だ。
「閣下その…申し訳ありませんでしたから」
レッスン室の外といっても、実質ESの廊下だ。
すれ違うたびスタッフがぎょっとした顔でこちらを見つめてくるものだから、これじゃあ自分が閣下を泣かせたみたいだ。
いや、実際そうなんだけども。
ジュンも流石に心配したのか、テッシュを取りに大急ぎで廊下を飛び出していった。
レッスン室へ閣下を誘導し、また涙を拭こうとすると、自分のジャージがずるっと肩から滑り落ちる。
今度は自分がぎょっとした表情を浮かべていた。
何故なら閣下はいつの間にか泣き止んでいて、けろっとした顔で自分を見つめてくるものだから、思わず放心してしまうのも……無理はない。
涙は引っ込み、閣下はふふっとこちらに微笑んでみせる。
それはムカつくほどかっこいい、いつもの閣下だ。
「閣下、嘘泣きしましたね!!?」
「だって茨が意地悪するから……」
「仕返ししたらいけないってちゃんと教わりましたか?」
「どうだろう……『目には目を、歯には歯を』なら、英智くんに教わったかな」
「猊下ァ………」
ジャージを脱ぎ手のひらでぎゅっと握りしめて、猊下への恨みつらみを吐いていく姿を見つめている閣下は、気にも止めないようだった。
それが完全に自分を煽って、ぷいっとそっぽを向く。
拗ねている訳じゃない、これは、決して。
──けど、『してやられた』とは思ってしまったので、仕返しは覚悟してくださいね。閣下?