「今日のシチューもおいしいね、茨」
「……おくちにあってよかったです!」
いまのは素の茨の笑顔。
そのほんとうに喜んだ笑顔が好きだった。茨は大体演技をしていて、仮面いつわりをつけて人とかかわっている。私だってそう。傍にいることによって、だんだん演技ではないところの茨を知るようになって、それが特別なことだって気づき始めた。それが愛おしかった。云ってしまえば仮面と鎧を外すことがなくなる気がして、伝えずにいる。
私は茨が好きなのだけれど、でもきっとこれは云ってはいけないことなのだろう。
茨は私の為になんだってした。それは自分の野望の為の兵器の運用で、私を快適に操作するためのオイルのようなものなのだろう。そういう契約だった。
だから私が恋人になって、と云ったら、そのようにしてくれる。自分のほんとうの気持ちなんて茨はどうでもよくて、ただ這い上がるためなら何だってした。張り付けた笑顔のまま、私の為に、好きです愛していますと云ってくれる。
君が好きだ、愛していると、云ったらどうなるだろう。仮面と鎧で計画通りに操るための都合のいい言葉を浮かべるのか。それともほんとうの顔でいてくれるだろうか。多分前者だ、茨は。
世界が敵だと思っている茨には、恋心は備わっているのだろうか。茨は人を好きになるのだろうか。わからなかった。
「明日の朝食はシチューの残りでグラタンにしたいと思います、いかがでしょう?」
「……うん、それはいいね。きっとおいしい。楽しみだな」
「ご期待に沿えるよう、万全を期しますので!」
私の為に画策する茨の中に、私はどれくらい占有しているのだろう。
それが私の心の熱と、同じ色をしていればいいと、密かに思った。
***
早朝のグラビア撮影の休憩の時間、森林公園の空を見て茨に云った。
「茨、少し散歩しよう」
「アイ・アイ! お時間まででありますがお付き合いいたします!」
私の隣をちょこちょこ歩き始めた茨は端末を操作していた。休みもないことをいつも心配している。私は何も云わないで歩調を合わせた。
「茨、みて、綺麗な落ち葉」
紅葉と銀杏を拾って、茨に見せた。
「あげる」
「はあ、……ちょっと閣下」
私は無理矢理茨の耳飾りにと落ち葉を差し入れた。茨は少し困って、それからほんの少しだけ、ほんとうの笑顔を浮かばせた。
気持ちを贈る。
プレゼントみたいに、気持ちも形になって渡せればいいのに。それを確かに受け止められて、理解されて、伝わればいいのに。
契約がなかったら茨の傍にいられなかった。
契約がなかったら、損得勘定なしに、茨は傍にいさせてくれただろうか。
「……寒いね」
「ええ。ではロケバスに戻って……」
「抱きしめていい?」
「は?」
きっとこれは云ってはいけないことなのだろう。
云ったら茨は閉じてしまって、ほんとうは失われてしまう。
衝動がうまく抑えきれない。私は茨を抱き寄せて、ぎゅうと強く抱きしめた。
ほら、茨は計算をして、抵抗をやめる。
(君が好きだ、愛している)
「……閣下、お時間ですよ」
「……うん」
いつかちゃんと贈りたい。でもその時ではないことを知っていた。
はらはらと秋が舞って、心の熱は、鮮やかに胸を焦がしていった。