十一月十四日、早朝。
日付を跨いだ瞬間に自身の端末が鳴り響き誰かと思えば電話の向こうからそれはもう元気な声で『誕生日おめでとう、茨!このぼくが一番にお祝いしてあげたね!』と日和からの電話に始まり次々とお祝いのメッセージが届いていた。
そして今朝も起きて端末を見れば増えているお祝いのメッセージに茨は小さく溜息を漏らす。
(……人の厚意を無下にはできないが、祝われてもあんまり嬉しくないというかなんというか)
祝われ事ならばありがとうの一つや二つ言えてもいい。しかしながら育ちが育ちのせいか、素直に受け取れないどころか生まれたことに祝福されたところで意味がないとすら思っている。
しかし、それでも誰から来ているのかだけでもチェックして上辺だけの感謝の言葉を返していた。そこでとある人物からのメッセージがないことに気付く。
「……閣下からは、来てない、な」
自分の最終兵器にしてEden及びAdamのリーダー。
そして、密かにこの性格がひん曲がっている茨が恋慕している人物。そんな一番関わりの深い相手からのメッセージがなかったのだった。
(いや、別に嬉しくないけどないならないで、少し…)
とん、と端末を机に置く。通知を知らせる音も点滅もない。それは先程確認したのだから当たり前なのだが。
「……こんなはずじゃなかったのに」
茨は一人そう小さく呟いて、机に突っ伏した。
***
バースデーイベントを終えて事務所に戻る。入るや否やクラッカーの音で出迎えられ双子に背中を押されながら事務所内の一室へ辿り着いた。
「皆さん、お待たせしました〜」
「本日の主役のご到着でーす!」
そう言って開けられたドアの向こう。そこには見知った面々が揃っており茨の誕生日を祝福する。ぽかん、としていた茨は早く早くと日和に手を引かれていけば深く溜息をついた。
「あの、自分こうして祝われるのは……」
「嫌だろうなぁって思っていたね。でも、だからこそお祝いしたいなって思ってみんなに手伝ってもらったんだ」
「そうですよぉ?あっちこっち駆け回ったんですから今日くらい大人しく祝われてください」
それでも自分は、と言う茨に足を止めた日和。その茨の背後から手が伸びてがしりと掴まれる。茨は咄嗟にカウンターを入れようとした所でそれを誰がしたのかわかれば機嫌は急降下していった。
「わたくしでなかったら大騒ぎですよ」
「……弓弦がどうしてここに居るんですか」
「巴さまに呼ばれましたので。あと、紫之さまからお預かりしていますよ。貴方へのプレゼント」
茨から離れてすっと、箱を渡される。創からの誕生日プレゼント、どうやらユニットの仕事が入っていて駆けつけられないから…ということで弓弦に託していったらしい。さすがの茨も親しくなりつつある創からの贈り物を受け取らないはずもいかず素直に受け取ることにした。
そんな茨を日和とジュンと弓弦が見つめていればにたり、とする。
「素直に受け取りましたねぇ」
「ええ、あの茨が素直に」
「うんうん、茨にも友達が出来てきてぼくは嬉しいね!」
「そ、そんなんじゃ…!ああもう!ニヤニヤしないでくれませんか!?」
茨が三人とそういったやり取りをしている中、それを離れた所で凪砂が静観していた。そんな凪砂の元に燐音が寄って行く。
「凪砂ちゃんは行かねぇの?」
「うん、邪魔したら悪いかなって」
「……本当の勝負はこの後〜って顔してんな」
「どうかな」
ふっと笑う凪砂に燐音は喰えねぇな、と思いながら茨の方を見つめていた。
***
(け、結局閣下と話していないんだが…!)
漸くお開きになり各々寮へと戻っていく中、茨は明日からの仕事もあるしと副所長室へ向かっていた。今日くらいは休めとEveの二人に言われていたがそういう訳にもいかない、と。
しかし同じ空間にいながら凪砂と会話をしていないもの事実だった。
(見える範囲にお互い居たのに、なにも、言われてないし話もしてない…)
こんなことがあっただろうかと思いながら歩いていれば後ろから元気よく茨を呼ぶ声がした。知らぬ顔をしても良かったが、したらしたでしつこくされることが解っていたのか茨は足を止めて振り返る。
「態々事務所にまでやって来てどうしたんですか、三毛縞氏」
「おやぁ?浮かない顔をしているなぁ。それはさておき、まずは誕生日おめでとう茨さん。これは俺からのプレゼントだ!そして、俺は今から君を拉致する!」
「は?」
突然現れてプレゼントの箱を茨に押し付けたと同時に軽々と担ぐ斑。箱を持ったままの茨は何も抵抗できない状態で担がれて説明を求めるように声を上げた。
「三毛縞氏!ちょっと説明を…!」
「俺は雇われだからなぁ。大丈夫、着けば解るぞぉ!」
「わ、わけがわからない!」
そうこうして辿り着いた一室。斑がドアを開けて茨を降ろしてやればはい、と振り向かせる。茨の視界に飛び込んできたのは、ソファーに座っている凪砂だった。
「それじゃあ凪砂さん、俺は頼まれたことは済ませたから失礼するぞ」
「うん、ありがとう斑くん」
「それじゃあお二人さん、ごゆっくり☆」
「な、三毛縞氏…!」
パタンと閉められたドアを呆然と見つめていた茨。急に連れてこられてあとは凪砂と二人きりで過ごせとはどういう事かと考えていれば凪砂が茨に声をかける。今日、初めて凪砂とまともに対面した。
「茨、こっちおいで」
「……はい」
自分の隣を軽く叩きながら茨を呼ぶ凪砂。茨はそれをテーブルに箱を置いて素直に聞き入れ腰を下ろす。何故か妙に緊張してしまう自分に茨はぐるぐるとしていた。
「今日は色んな人に引っ張りだこだと思っていたから、こうして二人きりにさせてもらったんだ」
「…いえ、自分は特に……」
「茨」
すり、と凪砂の指が茨の頬を撫でる。茨は顔を凪砂の方に向ければ目の前に凪砂の瞳が飛び込んできた。
「閣下…?」
「誕生日おめでとう。それから、君が生まれてきたこと、出会えたことにありがとうと言わせて?」
優しく細められる凪砂の瞳、その言の葉にぶわりと熱が集まる。熱い、と茨は思った。色んな人におめでとう、と言われても嬉しいとあまり感じなかったのに、惚れた欲目もあるかもしれないが凪砂の言葉に気持ちが昂る。
「あ、の、そんな、自分は…っ」
「茨?」
「あれ…?」
茨の蒼い瞳からはらはらと涙が零れていた。それを見た凪砂よりも本人が一番困惑している。
「な、んで…」
「茨、落ち着いて」
「すみ、ませ…」
眼鏡を外して零れる涙を手で拭っていればその手を掴まれる。茨はボヤけた視界で凪砂の方に視線を向けようとしたその刹那、凪砂の唇が茨の唇に触れた。
(あれ、今、閣下に…)
何をされたのか理解すれば驚いたせいで涙は引っ込んでしまった。少ししてからお互いの唇が離れると凪砂の手が茨の両頬を包み込む。
「落ち着いた?」
「…驚きで、引っ込みました…?」
「そう、良かった」
何が良かったのか、と茨は徐々に顔を赤くさせていく。そして凪砂の手を掴んで離せばぐわっと言い寄った。
「と、というかですね!い、いいいい今!自分に何して…っ」
「えっと、キス?」
「な、なんでそんなことしたんですか!」
「なんでって、それは私が茨が好きだから…だけど」
瞬きを繰り返してそう言った凪砂に茨は硬直した後、未だに引かない熱を更に上げて口をぱくぱくとさせた。突然の告白、口付け、よりも寄って誕生日になんてベタな展開なのかと思わずにはいられない。
「じ、自分のことを好きならないでください…っ」
「今更無理だよ。だって、今の茨を見てて可愛いと思っているもの」
「あ、あんたって人は…!」
ぐいっと手を引かれて凪砂の膝に乗せられてしまう。対面するように座らされた茨はギョッとして離れようとしたがそれを逃すまいと凪砂が茨の腰に手を回して確保した。
「好きだよ、茨」
「なっ」
「君が望むなら、私の全部をあげてもいい。それが、私から君への贈り物」
じっと下から見上げられて茨はどうしたらいいかわからずにいた。好意を向けられることに慣れていない、けれど茨も同じ想いを抱いているのだから否定もできない。見ているだけで良かったのに、全てをあげると言われてしまっては拒絶も出来なくなってしまった。
「ず、るぃ、です…、そんなの…っ」
「うん、解ってる。だって茨はこうでもしないと受け取ってくれないから」
「…っ、ほん、とに…っ」
「茨の気持ちは?」
凪砂の問いに茨は黙ってしまった。
しかし、少し間を置いてから凪砂を見つめる。眉を八の字に下げて参ったと言いたそうに口許に笑みを浮かべた。
「はい。自分も、貴方をお慕いしております」
そう言った茨に、凪砂は嬉しそうに笑いながらもう一度口付けをした。